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SDなど球体関節人形を中心する手作りと旅行の暮らし
令我搞不清楚的和服小外套們
2020-11-18 (水) | 編集 |
我對和服沒啥研究,直到今年清明連假期間,去接了兩天的口譯,發生了一件有趣的小事,讓我開始查起了一些和服的資料。

口譯的時候,工作人員通常會被要求,要穿一件廠商提供的「和服小外套」(派遣公司的小姐這麼稱呼),因為已經是第N次接這種口譯了,熟門熟路,提早到會場後,見日籍師傅還沒到沒到,我先打算先著裝,然後把可以處理的雜事幫忙整理一下,但在工作場域裡,卻沒看到這件「例の和服小外套」,開場前,日籍師傅到了,我問他:「羽織(はおり)在哪裡?」(只要和服外面那件長得像外套的東西我都覺得叫羽織。)師傅回我:「我們攤位不用穿はっぴ沒關係」原來那件和服小外套要叫做法被啊!雖然在去年夏天在噗浪上看過極樂小姐做的法被,大概知道有這個東西,沒想到日本人分得這麼清楚!增廣見聞了。

找資料過程中才知道,原來「和服小外套」有好多種,為了讓我自己搞懂,把資料彙整在下面,也請極樂小姐幫我看了一下,做了一些釐清和說明,如果看了這篇覺得有幫助,還希望能留言給我囉!


羽織(羽織、はおり)
羽織是披在和服外頭用來禦寒的外套,衣襬及膝,採用翻領設計,胸口附近會有一條綁繩。羽織原本是武士在戰場上為了禦寒而披在盔甲上的衣物,因為十分方便而流傳開來。上頭有家紋的羽織,又稱為「紋付羽織」、「紋羽織」,現在已經成為一種禮服,可以在婚禮上看見男性穿著。


丹前(丹前、たんぜん)
丹前的衣襬長,而且比一般的和服要寬鬆一些,內部鋪棉,袖寬,一般會在沐浴後,搭在其他外衣上穿著,用以防寒。


法被(法被、ハッピ)
法被源自於江戶時代的武家社會。將武士的家紋簍空染印在羽織上,據說這就是法被的濫觴。當時會把領子反摺穿著,但到了江戶末期,法被在庶民間流傳開來,衣領也不再反摺。法被是穿在「長著」外面的外套,衣襬及膝或及腰,寬袖,沒有內裡,現在多為傳統工藝職人穿著。

「法被」這個名稱的由來,源自古代一種被稱為「半臂」(はんぴ)的衣裝。而「法被」的漢字,則來自披在高僧坐的椅子上,稱為「法被」的布,一開始和衣服的法被一點關係都沒有,因為發音相近漢字被借去用。

小結:法被跟羽織的差別穿起來感覺差不多,但版型上不太一樣,掖下的部份,羽織多了一塊三角(或梯型)的布料,袖口的地方有縫起來,法被就沒有了,袖口是寬寬大大的敞開。


半纏(半纏、袢纏、はんてん)
很多人對半纏的印象,是在祭典時穿著的衣服,事實上,在江戶時代,半纏是庶民用來防寒的衣物。
外型和羽織相近,有表裡兩層布料。「半纏」這個名稱來自於袖子的長度只有一半,被賦予了「半丁」(はんてん)這個名稱,後來改用具有「披、穿」的意義的「纏」字取代「丁」,就寫成「半纏」了。

一開始,法被是翻領穿著的外套,半纏指的是防寒衣物,但是因江戶時代的羽織禁止令的關係,開始有所混淆。因為羽織禁止令,庶民便不穿翻領的羽織或法被,而改以「不需翻領就可以穿著的法被」代替,並將之稱為「印半纏」,從此變得與江戶人民的生活息息相關。

印半纏在衣襟到胸前的部分會放入文字,用來表示穿著者的所屬、姓氏或是意義。因此,印半纏被當作職人或是商家的日常穿著,鎮上的打火隊和祭典上也會穿著。在這些場合穿著的印半纏,到了現代,成了在購物中心的銷售員穿的「法被」,還有祭典時穿著的「半纏」,混用的狀況已經相當普遍。

本來,法被和半纏是完全不同的東西,但現在被稱為法被的,正確來說,應該都是印半纏才對。

小結:
半纏───防寒用的衣服,因此窄袖(冷風才不會灌進去)、較厚實、有綁繩跟內裏。
印半纏───有特殊印花或織紋的半纏,江戶時期打火隊用的。
法被───寬袖、單層、店家或活動用。
翻領的是羽織,不翻領的是法被;
半纏是短版鋪棉外套,丹前是鋪棉長外套。



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2018年東京旅行=一日目
2018-02-19 (月) | 編集 |
2018年1月19日~1月23日に日本へ行ってきた。もともとは1月22日までの旅行だけど、大雪で空港に一泊をしてしまった。夜、やる事は一つもないから、今回のことを記録した。

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穂波さんが真剣に今回の旅について日記を書いてるから、私もこの旅のことを少し記録を残そう。

結構東京に来たかったけど、結婚式の用意や仕事のことも考えなければならないから、イギリスへの新婚旅行のインフォーメーションを集めてるけど、経済のことも含めて、日本へ旅行するのはほどんと考えてなかった。

そして、結婚式の準備が白熱化になる十一月に、前にこうじさんんちに泊まったゲストのフランスヒゲさんがメッセージを送って来た。12月の下旬から1月20日の間は東京へ旅行しに行くって。そして、プルクで大好きなおじゃ魔女どれみが時間限定のカフェを原宿で行うそうだことを見て、急に東京へ行きたくなって来た。

忙しいところ、穂波さんがチャイナーエアラインのチケットを予約した。金曜日の午後出発、月曜日のお昼に帰るすごくNGの便って、私が文句してたから、穂波さんがキャンセル料を払って、LCCの金曜朝6時出発、月曜20時帰る便を買い替えしてくれた。

結婚式が終わってから一週間、出発の日がやってきた。朝3時起きて、ヴィシーくんを特設駐車場にとめて、今回の4日間旅行を迎えた。

東京に到着した時間は朝10時前、巣鴨のホテルへ荷物を預けて、原宿へ。おじゃ魔女カフェの予約時間が午後1時40分だから、全然早めに着いた。ソフトバンクで携帯をチャージしてから、竹下通りをぶらぶら。リズリサはもちろん、ロリターファションの店も見に行った。イマイチだから、何も買ってなかった。

時間通り、おじゃ魔女カフェに着いて、待機した。5分ほど係員が案内してきた。窓でも、廊下でも魔女たちの画像を貼ってあり、看板もちゃんと魔法堂の看板を真似してる。テープルに敷いてるランチマットも可愛かった。席がちょっと狭いけど、各シーズンのオープニングとエンディングが流れて、雰囲気が良かった。

穂波さんが愛ちゃんの料理をイメージした関西風鍋セット、私はミートボールパスタを注文した。そして、愛しのトゥルビヨンとココアを一緒にシェアした。会場限定の缶バッジも買ってくれた。画像は選択できなくて、おんぷちゃんの缶バッジをもらった。メニューが高くて、フタッフの応対は全然親切じゃないけど、料理自体が美味しいから、たまに旅行体験としてはまあまあいけるかな。

フランスのヒゲさんと約束した6時半まであど2時間もあって、表参道を散策しながら、微熱山丘へ見学に行った。途中、不動産屋さんの格好お兄さんに声かけられた。観光客のことが全然知ってるけど、ペラペラ表参道や六本木の物件を紹介してくれた。「今やるべきことは宝ぐしを買うでしょう」って私が言いながら、笑っちゃいた。相手が最後に「ご親切にありがとう」って言われたて、面白い体験だと思う。

6時半に池袋に着いて、フランスのヒゲさんと会って、前麦ちゃんが連れてくれたオムライス屋さんへ食事をしていた。英語がなかなか出来ない私と穂波さんだけど、フランスのヒゲさんとたくさん話しした。すごく楽しかった!その4人のフランス人と一緒に住んだ1ヶ月は私の人生の中に輝いている記憶で、今回のような東京で彼らと会って、奇跡的な経験は今度まだ出来るか。

会えて、本当に、本当によかった!!